・・・・・・・・っということで、ムチャクチャ暇こいてます。
ご覧の通り、いい歳こいているわりには、真っ直ぐな心棒が一本通っておらず、
いつもフラフラした文章を書いているぼくでございます。
それに引き換え、いつもきちっと一本中心線が通って、ブレない文章を書いているブロガーがいます。
一人は、専業主婦のSさん。
もう一人は主婦ですが、シッカリした仕事を持って、バリバリ働いているMさん。
お二人とも真面目なんですけれど、ユーモアのセンスをちゃんと身に着けておられる。
敵いません。
ぼくよりずっと若いのに、きちんと大人としての風格を持っている。
ぼくなんか、一生無理でしょう。
なんででしょう?
その理由を考えてみた。
心の中に「正しい」フィルターを持っている、というのがその結論なのです。
そのフィルターのことを、「道徳」と言ってもいいかも知れない。
でも、ちょっと違う。
ある事象を観るなり、経験したとしよう。
ぼくを含めた一般の人のフィルターは、目詰まりしていたり、破れていたり、
自分の心に届く時は汚れていたり歪んだりしてしまう。
とくにぼくの場合は、それがひどいものだから、いつもひねくれた物の見方になってしまう。
みんなも、子供の時はフィルターはきれいだったはずです。
でも、歳を経るに従い、目詰まりを起こす。
汚い経験をしたときなんか、一気に汚れてしまう。
だから、クリーニングが必要なんです。
エアコンのフィルターのように、しょっちゅうメインテナンスが必要なんです。
ぼくが、最初に挙げたお二方は、きちんとメインテナンスを怠らなかった人達なんです。
だから、澄んだ心で物事を捉えられる。
ぼくの場合はもう手遅れですが、特に若い人や子供達。
現代は、小さい時から汚い環境に晒されていますから、
億劫がらずに心のフィルターを時々取り外し、
ジャブジャブきれいな水で洗ってやってください。
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