2010年4月30日金曜日

いい天気なのに

・・・・・・・っということで、昨日はエアロビクスに出て家に帰ったら、誰もいなかった。

家族の者達はビッグサイトのバーゲンセールに行った後だった。

一人寂しく、先日アバターと一緒に借りた「突撃」と「2012」と「Burn after Reading」のDVDを観た。

昼食時にビールをちょこっと飲んだので、「2012」の途中で寝てしまった。

殆ど観ずに言うのもなんだが、いい映画の匂いが全くしなかった。

「突撃」(Paths of Glory)はご存知スタンリー・キューブリックの最高傑作(っと思っている)。

1957年の映画だ。

子供のときに観て、感動した。

今回観直して、ストーリーは覚えていた通りだったので、子供のときの記憶ってスゴイと思った。

白黒映画で、カークダグラス主演だ。

彼が扮する大佐が突撃のとき、笛を吹くシーンがあるが、「へぇ~笛を吹くんだ」っと感心した覚えがある。

名作なので、まだ観ていない人には自信を持ってお勧めできる。

・・・・・・

次は、「Burn after Reading」。

これは拾い物。

面白い。

1年前公開の映画だが、評判になったのかな?

ちょっと、好き嫌いがある映画なので、こちらは自信を持ってお勧めというわけではない。

ブラッド・ピット、ジョージ・クルーニー、ジョン・マルコビッチが出演となれば、面白くないはずがない。

しかも監督がコーエン兄弟だ。

「バートン・フィンク」とか、「ミラーズ・クロッシング」、「ファーゴ」、「ノーカントリー」とかの流れと同じと見ていいが、今回は、コメディーの要素が強い。

どこで笑うかは、人によって違うと思うが・・・。

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2010年4月29日木曜日

円形ステップ

・・・・・・・っということで、今日は祝日プログラムでテクニカルステップだった。

何となく、参加者が多い気がしていたのだが、15分前に着いたときは長い列が出来ていた。

普段は、見かけない連中ばかりだ。

尤も、昼間の参加者は知らないのがアタリマエだが。

インストラクターが、「今日は台を2つ使いまぁ~~す」と宣言した。

ステップ台は40台あるのだが、ぼくが取ったのは37と38台目だった。

危うく、定員オーバーで切られるところだった。

今日やったのは、台を各自自分の前にハの字に置き、スタジオ中心にいるインストラクターをグルッと丸く囲むものだった。

ゲッ!!

こんなの初めて。

インストラクターが「こういった2台使うステップ初めての人ォ~~」

・・・っと聞いたら、30%位しか手を挙げなかった。

いろんなことを考えるものですな。

こういう変化形をみんな経験しているんだぁヽ((◎д◎ ))ゝ

・・・・・・・っで、結果はもうボロボロ。

運悪く、インストラクターがこちらを向く位置なので、動きが全部左右反対。

言ってること分かりますかね?

それでも何とか最後まで喰らい付こうとしたのだが、

完全に【無酸素運動】。

これほど途中で息が苦しくなったことはなかった。

インストラクターは女性だったんだけれど、サッパリした気っ風で、

ある意味、男より男らしい。

そういう女性っていますよね。

教えるテンポが早くて小気味良い。

終わって台を片付ける時、ぼくの前のやって来て、

「スミマセンでしたねー」っと言った。

スミマセンってどういう意味なんだろう?

「あっ、アア・・年寄りにはキツカッタですね~」

・・・っと、トンチンカンな答えをしてしまった。


ヽ(;´ω`)ノ

2010年4月28日水曜日

文系女子

・・・・・・・っということで、ブログを甘く観ちゃイケナイ。

キッチンドリンカーのグゥータラ主婦だと見くびっていたら、とてつもない文章を書く。

とんでもないレベルの高いブログを書く。

時たま・・・・・・。

・・・・・・・(*_*)

ぼくがしょっちゅうやらかす、「てにをは」の間違いなんか絶対にしない。

だから、油断していたらぁイケナイ(?)

・・・・・・

ソリャそうだわな。

ぼくなんか、高校生時代に「古文」とか、「漢文」なんかの課目があったけど、苦手中の苦手だった。

それに比べ、女の子達は全く苦にせず、(ぼくからすれば)ディープな世界に抵抗なく入っていった。

そんな生まれながらの素養を持つ女子(?)たちがブログに目覚め、思いを自由に書き綴ったら、

文系ではないぼくら理系男子は、絶対に敵わない。

最初っから、勝負は見えている。

(;^ω^A

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夫婦の形(その6)

・・・・・・・っということで、夫婦の形(その6)

ここまで続けて読んでいただいた皆さんに言いますけど、全てフィクションですから。

ヒントはもちろんありますが、全ぇ~~ん部、脚色しています。

一応、念のため。(^^♪

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その女性は頑張り屋だったが、ツイていなかった。

短大に入学したのだけれど、物足りなくなって、4年制の大学に入り直した。

特にその学問を究めたいとは思っていなかった。

ただ、短大卒という肩書きが嫌なだけだった。

法科を優秀な成績で卒業しながら、アルバイトの延長で、旅行代理店に就職した。

添乗員として、世界各国を周った。

もちろん、学校で学んだ知識はこれっぽっちも役に立つような職業ではなかった。

背が高く、スタイル抜群の美人だった。

その彼女が、選りによって同じ職場のブ男と結婚した。

男は外観は関係ない。

ハンサムに越したことはないが、仕事が出来るかどうか、

男としての色気があるかのほうが、外観よりずっと大事だ。

ところが、その相手はどちらも持ち合わせていなかった。

同僚は何でぇ~???だった。

・・・・・・

結婚後まもなく、夫にものすごい額の借金があることが判明した。

彼女は子供が欲しかったが、夫(とその親戚)は彼女も働いて、一緒に借金を返すことの方を望んだ。

冗談じゃねえ!・・・っと彼女は思った。

彼女は、年配の男性(もちろん既婚)に悩みを打ち明けた。

その年配の男性は彼女の弱みに付け込み、二人が男女の関係になるのにそれほど時間がかからなかった。

運悪く、ホテルでの密会が夫にバレて、血を見るところまで発展した。

彼女は離婚を決意したが、夫はなかなか離婚届に印鑑を押してくれなかった。

件の年配男性と結婚なんて、全く考慮外だった。

・・・・・・

彼女は実家に戻り、何年か過ぎた。

ある日、印鑑が押されている離婚届が郵送されてきた。

彼女の母親が彼女に向かってポツリとつぶやいた:

「ホントーはあの人、イイ人だったのかもねー」

・・・・・・

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夫婦の形(その5)

・・・・・・・っということで、夫婦の形(その5)

その老夫婦は、終戦後まもなく結婚したので、かれこれ65年も一緒に暮らしていることになる。

夫には、将校だった頃の颯爽とした面影はもうとっくに無くなって、杖がないと歩けない状態である。

妻にとって嫌なことは、夫が未だに威張っていて、一寸したことに対してグチグチ言うことである。

昔は、そんな男じゃなかったのに。

正直で、真面目で、曲がったことが嫌いで、そのくせとても優しい夫であった。

だが、定年が過ぎて、することも無く家でゴロゴロする夫に我慢がならなくなってきた。

夫は公務員で、そこそこの地位まで出世したが、商才は全くといって持ち合わせていない男であった。

一方、妻の方は商人の血が濃いらしく、程なく株にのめり込んでいった。

そして、儲けた。

彼女は、年金の額よりずっと多くの収入をもたらした。

彼女が株で稼いだお金で、世界各国を旅行した。

クイーン・エリザベスで航海することもあった。

だが、もう80歳を過ぎて、海外旅行は体力的に諦めざるを得なくなった。

妻は、今でも株をやり続けているお陰か、頭は何時までもシャープだ。

夫のほうはボケてはいないが、日に日に頑固になっていく。

流石に暴力は伴わないが、毎日毎日喧嘩ばかりしている。

夫にとっての弱点は、若い頃に福岡に単身赴任していたとき、一度だけ浮気をしたことだ。

よりによって、相手は飲み屋のすれっからしだった。

それを持ち出されると、まるで切り札のジョーカーのような効果があり、黙らざるを得ないのだ。

・・・・・・・

妻は本気で思っている。

「早く夫が死んでくれないか」と。

そうすれば、ようやく自由になれる。

事実、夫が死んだ後、吹っ切れたように明るくなった友達を沢山知っている。

私が、まだ元気なうちに・・・・・・



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夫婦の形(その4)

・・・・・・・っということで、夫婦の形(その4)

その男女は大学で知り合い、お互いの両親も認める許婚(いいなずけ)同士だった。

女性がアメリカに語学留学したときも、男が後から追いかけて行ったくらい仲が良かった。

男は帰国して就職し、女性はそのままアメリカに留まった。

しばらくして、男の元に女性から手紙が届き、留学先で別の日本人男性と結婚したことを知らされた。

相手は、お金持ちのお坊ちゃまだった。

・・・・・・

男はその後、ずっと独身のままだった。

お見合いの話が来ても、全て断っていた。

30歳の半ばを過ぎて、会社の者たちはようやく彼が結婚したことを知らされた。

相手は、あの彼女だった。

彼は、彼女が離婚する可能性を信じ、ずっと待っていたのだ。

・・・・・・

二人の間には、子供が授からなかった。

50歳近くになって、奥さんがNPO活動にのめり込むようになった。

フィリピンで日本人男性が現地で産ませた子供達を、逃げ帰ってきた男どもに認知させるという活動だ。

殆ど無給どころか、こちらから持ち出しの、ボランティアのような活動だ。

夫を日本に置き去りにして、その女性はもう半年もマニラで奉仕活動に没頭している。

彼女の母親は、申し訳なさそうに彼に言った:

「あの子はねぇ、昔から、男の子のような性格なのよ」

・・・・・・

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夫婦の形(その3)

・・・・・・・っということで、夫婦の形(その3)

その男は、ある世界では名門といわれる家系であった。

当然のように、才媛を妻として迎えた。

とても綺麗な人で、夫の風貌にはもったいないくらいの女性だった。

仕事上でちょっとした事故を起こし、彼は困難な立場に追い込まれたことがある。

そんな中でも、奥さんは夫に良く尽くし、陰で家庭を支えた。

傍目には、とても仲がいい夫婦に見えた。

ところが、なかなか子供に恵まれなかった。

医者に診てもらったが、どっちが原因か判らなかった。

それでも、奥さんは不妊治療を何度か受けさせられた。

もちろん夫の両親から、暗黙の、時には露骨なプレッシャーを受けるようになった。

奥さんは、「そこまでしたくない」と治療を途中で放棄した。

程なく、二人は離婚してしまった。

離婚後まもなく、その男は両親が紹介した女性と再婚した。

今度は、ちょっと軽いノリの適齢期を過ぎた女性だった。

すぐに男の子が生まれた。

その男は言った。

「ネッ!ぼくが原因じゃなかったでしょ?」

・・・・・・




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夫婦の形(その2)

・・・・・・・っということで、夫婦の形(その2)

その男はかなり女にモテるタイプだったが、なぜかいつまでも結婚しなかった。

親が心配して、何度もお見合いをさせた。

ようやく何人かめで、見た目はパッとしない女性と結婚した。

男はそれほどでもなかったが、相手の女性は熱烈に彼を好いてくれた。

それが、男が決心した理由だった。

普通に二人の子供を儲け、

普通に生活し、

普通に旅行もし、

普通に子供達も巣立って行った。

定年間近のある日、

妻がボソリと言った。

「あなた離婚してくれません?」

・・・・・・・・


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夫婦の形(その1)

・・・・・・・っということで、【夫婦の形シリーズ】を書いてみようと思います。

うまく行くかは、全く自信ありませんが、そんな気分になったもので・・・・・・

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以前プロのモデルをしていたほどの美女がいた。

なぜか平凡な会社に就職して、OLになった。

当然のことながら男性社員の垂涎の的になった。

アタックした男性社員の中には、最後のお許しまで獲得したものも何人かいたとのウワサもあった。

だが、その女性にとっては全くの遊びであった。

いつも「私は、身長180cm以上で、ハンサムで、お金持ちで、スポーツマンとしか結婚しないわよ。」というのが彼女の口癖だった。

そして、友達の紹介を経て、その条件どおりの若い経営者と結婚してしまった。

まさしく美男美女のカップル誕生であった。

ところが、いつまで経っても子供が生まれなかった。

どうやら、子供を作らないというのがお互いの結婚条件だったようだ。

女性は商社に転職し、夫の商売も順調だった。

これもプロ並の歌唱力を持つ二人が、カラオケでデュエットで歌っている姿がよく見受けられた。

でも、お互いに相手が浮気をしていることくらいは勘付いていて、それも二人のライフスタイルの一つであった。

そのまま、女性は42歳になった。

ある日、酔って帰ってきた夫に彼女が一言つぶやいた。

「子供欲しいなァ」

夫の答えはこうだった。

「遅っせぇ~よ!」

・・・・・・


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2010年4月27日火曜日

処理能力低下

・・・・・・・っということで、飲み過ぎるなと忠告されても、その忠告によって自制できたためしがない。

やっぱり飲み過ぎた。

一軒目はちょっと気取った、女性が好みそうな料亭だった。

ぐるなびで、「接待に向いている銀座の店」で検索して見つけた。

口コミ記事による評価も高かった。

値段も張るが、味はそれに十分見合うと、異口同音に書いてあった。

商売のビミョーな話になるので、個室を予約した。

・・・・・・・・

残念ながら、【ハズレ】であった。

ウルサイのである。

個室とは名ばかりで、仕切りを変えることによって、4人~団体まで対応できる仕組みなので、

隙間から隣の声が筒抜けになる。

運の悪いことに、隣は若い団体で、大声でうるさいこと五月蝿いこと。

接待相手が来る前に、「もっと静かな部屋に代えてくれ」と要求。

ちょっとした押し問答になったが、結局団体とは離れたちょっとマシな部屋に移ることができた。

・・・・・・・・

料理は少なめだったが、それなりに美味しかったのが唯一の救いだった。

・・・・・・・・

ん~~~~ん

頭が回転しない。

つまらない文を読ませてしまってスミマセン。

結局、「情報はあてにならない」と言いたかっただけです。

また今夜も飲むぞ!!

(/_;)/~~

2010年4月26日月曜日

アラン・シリトー

・・・・・・・っということで、アラン・シリトーが亡くなったとインターネットに出ていた。

82歳だったそうな。

高校のときの英語の授業で、彼の書いた「長距離ランナーの孤独」を全部原文で読むという授業があった。

既成の権力に反抗する点では、尾崎豊に共通するものがあると思う。

要するに、若者というものは、「反抗」するように出来ている。

それが、何だっていいのだ。

その反抗の対象は、身近なものに向けられがちだ。

まず、親とか兄弟とか。

次に、学校の先生とか。

自分の行動に規制を加えようとする、対象だったら何でもかまわないはずなのだが、

なぜか、一番身近なものに向かって、反抗する。

良く考えてみると、そういうのってカッコワルイ。

(大抵は、カッコいいと錯覚しているのだが。)

そして、大人になる。

結局何も変えられなかったし、そもそも変える気なんか自分にはなかったのだと知りながら。



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2010年4月25日日曜日

言葉の壁

・・・・・・・っということで、日本語って表現が多彩ですよね。

例えば、色に関しても、無限の表現がある。

「鳶色」とか、「緋色」とか・・・・

すぐにどんな色か、ピンと来る人あまりないんじゃないかな?

雨に関しても、

「小ぬか雨」とか、「五月雨」とか・・・・

分かるようで、分からないようで、分かるようで・・・。

有名なのが、「わび」、「さび」・・・

日本人でも良く分からない「概念」ですよね。

・・・・・・

たしかに、こういう表現が出来る日本人って、好きです。

「良くぞ日本人に生まれけり」ですよね。

・・・・・・

ところが、そんなことでいい気になっていると

「結局日本人は世界に理解されない」

・・・っと、自ら宣言していることと同じじゃないんですか?

こりゃ、芸術や、文学の世界では良いかも知れない。

だが、現実の外交、即ち「国益」にとっては、決していい話ではない。

・・・・・・

このブログで、「情報」は、まさしく今の最重要キーワードなのに、

英語圏の情報とは、ビミョーに違うんじゃないかと書いた。

言葉はイロイロな意味を持っているのは、日本語だけじゃないんです。

英語だって色んな意味を持っているのです。

情報=Informationと短絡的に暗記するだけじゃダメなんです。

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2010年4月24日土曜日

トロいオヤジ

・・・・・・・っということで、二日酔いの頭を抱え、むくんだ体を引きずり、エアロビクスとステップに参加してきました。

信じられんほど汗が大量に出る。

土曜はいつもこんな状態なので、インストラクターはぼくのことを、

「なんてトロいオヤジだろう」

・・・って、思っているダローな。

特に、エアロビクスは元気な女性の中に、ただ一人の男性がぼくだから、余計に目立ってしまう。

少なくとも迷惑は掛けていないつもりなので、大目に見てやってくだせぇー。

(。-人-。)


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2010年4月23日金曜日

敷居の高い飲み屋

・・・・・・・っということで、以前から気になっていた「江戸一」で飲んできた。

大塚にある老舗の飲み屋。

どのガイドブックでも、大塚で筆頭に挙げられている店である。

一昨日、同僚と二人でフラッと入ってみた。

コの字型のカウンターに、先客が4人ほど。

みんな一人酒だ。

入るなり、荷物はそこへ入れてくださいと、棚を指示される。

突き出し、小皿、おしぼりと箸が載ったお盆が出され、頼んでいないのにお猪口(おちょこ)が付いている。

ざっと見回すと、日本酒がメインだと分かる。

でも、こちらはビール飲みだ。

大瓶2本を頼むと、「大瓶2本ですか?」と怪訝な顔をされる。

みんな、飲んでいたとしても、ビールは小瓶だ。

・・・・・・

静かだ。

後から後から客がやってきて、6時前には満員になった。

みんな年配者だ。

二人連れだとしても、低い声で話している。

やけに静かだ。



客のスペースより、コの字型の内側の店員のスペースの方が広い。

ビール4本を飲んだところで、日本酒に切り替える。

ここの作法は冷酒ではなく、燗で飲むようだ。

「立山」をオーダーする。

ヌル燗だ。

感じのいい若い子が、次は何を頼もうかとボソっと話しただけで、小さなメニューを目の前に持ってくる。

そういう作法のようだ。

アルコールがだんだん回ってきて、声が若干大きくなる。

声が大きいのは、この店の作法に反するだろうと思って、気を使ってボリュームを下げる。

それを何回か繰り返す。

しばらくして、オバチャンが出てきた。

オバチャンというより、お婆さんだ。

どうも、ここの女ボスのようだ。

話しかければ、きちんとした返事をする。

でも、ウルサそうだ。

頑固ババアのオーラを放っている。

ヌル燗といい、静かな店内といい、ビール大瓶の客は異端視されるといい、

どの作法も、このバアサンの好みにあわて運営されているようだ。

彼女のお眼鏡に叶わない客は、NOT WELCOMEのようだ。

これが、この店の売りだと分かる。

まあ、客観的に判断して、ぼくはこの店では、少なくともWELCOMEの部類には分類されていないようだ。

でも、こういう店が好きな人には、たまらない魅力であることは良く理解できた。

かなり酔いが回ったが、なんか気疲れしてしまった。

結局、気分転換に二軒目に突入した。

2010年4月22日木曜日

好奇心

・・・・・・・っということで、歳は取りたくないものである。

歳を取ったという証拠は、いろいろな形で現れてくる。

体力がなくなったとか、筋力が落ちたとか、目が悪くなったとか・・・・、

こういう物理的な衰えは仕方がない。

機械でも長年使っていると、磨耗したり品質が劣化するのは避けられないからだ。

一方、物覚えが悪くなるとか、人の話を聞かないとか、頑固になるとか、脳の衰えも目立ってくる。

これは、脳というコンピュータのメモリー容量が少なくなったり、CPUの処理スピードが時代遅れになることから生ずる現象といって差し支えないだろう。

脳というものも物質であるから、体力と同じように物理的な衰えと考えていいだろう。

問題は、そういった「ハードウェア」の問題ではなく、「ソフトウェア」の面で老化することである。

どういうことかというと、物事に「無関心」になることである。

ぼくが今日言いたいことは、「好奇心」というのが老化を判断する一つの尺度じゃないかということ。

赤ん坊と大人を比べればすぐ分かるはずだ。

赤ん坊は好奇心のカタマリだ。

こどもは、好奇心に突き動かされて、無駄な動きが多い。

一方、大人になるにつれ無駄な動きが少なくなる。

ぼくのような年寄りになると、出来るだけ無駄な動きを避けようとする。

エアロビクスでも、なるべく省エネを心がける。

・・・・・・

でも、そんなことを重ねていくと、「好奇心」を置き去りにしてしまうような気がする。

「物事が分かったような気」になってしまうのである。

これは、大変危険なことだ。

年寄りだから人生経験が豊富で、物事を知っているというのは、マア、多少の事実は含まれている。

だが、自分自身が自分は「物知りだ」と思うこと、これは危ない。

こう考えていくと、好奇心を失った若者、好奇心だらけの老人なんてアタリマエに存在することに気付く。

ぼくも老いないために、好奇心は持ち続けたいと祈っている。

好奇心を失ったら生きる意味があるのか?とまで極論したくなる。

・・・・・・

でもね~~

それって案外難しいものなんです。

好奇心をかきたてる対象を、常に持ち続けるって。

マア、結局そんな自分を叱咤激励し続けなきゃならんのですよね。

Y(>_<、)Y

2010年4月21日水曜日

剣道

・・・・・・・っということで、長女は剣道初段である。

ぼくが中学生のとき剣道部に入ったが、夏の合宿でシゴかれ、嫌気がさして辞めてしまった。

そんな不甲斐ないオヤジなのに、長女を近所の奥さんが通う道場に入れてしまった。

親が言うのもナンだが、娘のスジは良かった。

道場の師範にも気に入られ、将来を嘱望されていた。

区の大会だったか、選手宣誓までやらされた。

でも、試合では初戦で負けていた。

勝負に拘らず、大きく育てようと基本を叩き込まれていたようだ。

・・・・・・

親としても、竹刀、防具など一式を揃え、応援していた。

本人は別に嫌とも言わず、雑巾がけで足の裏の皮がめくれても、泣き言一つ言わなかった。

そうこうする内に、オヤジが取れなかった初段をアッサリ取ってしまった。

・・・・・・

もう二段に挑戦できるというある日、道場から娘さんがこの頃来ていないと連絡があった。

おかしいなぁ~、防具一式かついで元気に家を出たのに。

娘を問い詰めてみると、道場には行かずに公園で時間を潰していたとのこと。

本心は、剣道の練習が嫌で嫌で仕方なかったのだと白状した。

・・・・・・

ホントーに悪いことをしてしまったと、心から後悔した。


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2010年4月20日火曜日

脳トレね

・・・・・・・っということで、エアロビクスのレベルが上がって上級になってしまった。

先週は「お地蔵さん」になってしまったので、気合を入れてインストラクターの動きを凝視していた。

回転が入る直前の基本形をしっかり頭に入れた。

V-チャチャー横タッチ-前タッチ-左足マンボ-チャチャ-またマンボーチャチャ左足付いてアップ-ペンデュラム-前マンボ-ケンケン-チャチャチャ-カァール-ビハインドォ-パンチ-パンチっと・・・・・

ヨォ~~ッシ、分かったぞっ!!

ハイ、このあと1回目のマンボーチャチャを180度回転しながらやって、

次のマンボチャチャで270度回転が付いて、

ケンケンは回転しながら、

カールは逆回転で、

やっぱりパンチパンチも回転っと・・・・・・

これが左右で1ブロックね。

次は・・・・・・・

忘れた。

確か1ブロックよりは、細かい足捌きだったと思う。

でも、1ブロックよりは出来たと思う。

そうは言いながら、完璧に覚えたはずの1ブロック目が、2ブロックを覚えた途端に、頭から完全に飛んでしまっている。

・・・・・・

インストラクターは、ホントーは3ブロックやりたいのは分かっている。

でも、今まで中級クラスが上級になったので、まだ様子見といったところ。

クラスの足を引っ張っているのは、・・・・・・・

ぼくだっ!!

分かってますって。

じわじわとメンバーが変わって、

どこから嗅ぎつけてきたか、上手い人ばかりになっている。

でも、負けませんぜ。

・・・・・・

スタジオを出るとき、凹んでいるぼくを見て、インストラクターがニコッと笑って言った:

「脳トレですからね」

ぼく・・・・・・(沈黙)

そうか、脳トレね・・・・(;^ω^A



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完全に理解できなくても

・・・・・・っということで、昔読んだ本の一節。

【完全に理解できなくても、完全に愛することが出来るのです。】

なんか、いい言葉だ。

ノーマン・マクリーンの書いた小説「マクリーンの川」で、父親の牧師が若くして亡くなってしまった次男について語った言葉として出てくる。

・・・・・・だそうだ。

完全に忘れていたか、見落としてしまっていた。

最近読んだドキュメンタリーの最後の方で紹介されていて、いい言葉だなと思った。

・・・・・・


ちなみに、この小説は映画になっていて、「River Runs Through It」という、ちんけな題名が付いる。

そちらは観ていない。



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2010年4月19日月曜日

心の中のイラク

・・・・・・・っということで、脳ミソがホルマリン漬けのように、

アルコールの中にプカプカ浮いているようです。

でも、今日は1.633リットルのビールで止めておきました。

・・・・っで、海外に限らず、むかし旅行したところって、何年か経つと、また訪問したくなるものですよね。

ましてや、20代の半ばに2年間も過ごした所って・・・・、

いくら辛い思い出があろうとも、時の経過とともに懐かしい思い出に変化している筈ですよね。

でもね、もう二度と行きたくない所があるんです。

それは、イラクのバスラなんです。

あの2年間は屈辱的な経験だった。

バスラを去るときに、

「たぶん、何十年たっても、【懐かしくなって】再訪したくなることは絶対にないよな」

・・・・っと思ったのですから。

そして、あれから33年が経過したけれど、

あの時の予想は間違っていなかった。

・・・・・・・

こう書くと、いったい何がそんなにイヤだったかと思われるでしょうね。

確かに、摂氏50度を軽く超える気候とか、

毛穴に入り込む砂とか、

ビールもロクに買えないとか、

トイレが詰まるとか、

ドロボーがアタリマエとか、

平気で人の信頼を裏切るとか、

・・・・・・・

そんなことがイヤだったんじゃないんです。

逆に、そういったことは想定内なんです。

じゃあ何が?

やっぱり人なんです。

正確に言うと、一般人としてのイラク人は愛すべき人達なんです。

最低なのが、権力を持ったイラク人なのです。

どうして彼等は、ああもダメになるのでしょうか?

ひとたび権力を持つと、

横柄になり、権力をカサに着、賄賂を要求し、融通が利かなくなり、

意地悪になり、尊大になり、利己的になり、

なんで我々のような外人に対してだけでなく、

同国人に対してさえも、ああも侮辱的な態度を取れるのでしょう?

日本人の感性とは対極にあるようなヤツラに、何人もぼくは会ってきたのです。

・・・・・・

イラクは今、出口の見えないどん底のような時代の真っ只中にいます。

でも、そのような国にしてしまった責任は、当時から問題があった権力者達に原因があるのです。

ぼくはイラクに平和が訪れ、皆が幸せな生活が送れる国になって欲しいと心から望んでいます。

でも、ぼくが生きている間は絶対に無理だと思います。

それは、彼等自身が気付いて変化しなければならないからです。

気の毒だとは思いますが、

それはかなり絶望的な期待でしょう。

2010年4月18日日曜日

現代の戦争

・・・・・・・っということで、いま【Big Boy Rules】という本を読んでいる。

日本の題名は「戦場の掟」という、なんとも薄っぺらい印象を与えるが、

2008年度のピューリツァー賞を受賞した本だと、帯に書いていたので手に取った。

内容は現代の「傭兵」の実態で、イラクで軍に代わる「民間警備会社」のドキュメンタリーである。

ぼくが若い頃に仕事をしていたイラクのバスラ近辺のことが書いてあるので、読みながら風景を思い出すことが出来る。

いま、イラクやアフガニスタンには正規軍とともに、こういった警備会社の「武装した民間人」が多数活動している。

武装した民間人とは、元特殊部隊員であったり、元警官であったり、はたまた現役の(?)犯罪者だったりする人たちのことである。

簡単に言えば、【傭兵】なのである。

現ナマのために命を張るといえば、冒険野郎みたいな印象かもしれないが、借金苦だとか、学費稼ぎだとか、仕事にあぶれてなど、格好のいいものではない。

中には、単に人を殺したいなんていう動機の者もいる。

この辺の描写は、大体予想が付いていたのだが、何で軍以外の民間人たちが軍に代わって活動する需要が出てきたかという、その理由について知りたかったのである。

「現代の戦争」というものが、「いままでの戦争」と全く別物になってしまったことに驚かされる。

題名の「Big Boy」とは、「強者」という意味であり、暗に「米国」のことを指している。

まだ読みかけなので書評は書けないが、民間警備会社の需要について次の文がとても参考になった。

戦死した兵士の母親に向って、「貴女の息子さんは、イラクの高官が集まる会議に出すフラッペチーノを輸送する途中に戦死したんですなんて言えますか?」・・・っというもの。

軍は正規の作戦に従事すれば良い訳で、物資輸送や要人の護衛任務は、民間警備会社に任せるべきだという考え方である。

かくして、イラクの法律に規制されない、かつ、軍の規律にも従う必要もない「武装した民間人」が、イラク国内で銃をぶっ放しているのである。

そして、彼等も多くの犠牲を出している。

しかしそれは、「戦死者」の数字には表れないのである。

これが、アメリカの行っている「現代の戦争」の実態なのである。





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2010年4月17日土曜日

同じ事の繰り返し

・・・・・・・っということで、先週と同じことの繰り返し。

前日飲み過ぎて、ダウン。

たぶん先々週も、同じ。

またまた先々々週も同じ。

重い体を引きずって、午前のエアロビクス(一応上級ね)とステップに参加して、

信じられないくらい汗をかいて、

午後はグッタリ。

・・・・・・

でも暗くなる頃になると、また飲みたくなる。

来週も、

また再来週も、

それから先も、同じ事の繰り返し。

こんな人生でいいのだろうか?

空しいといえば、空しい生き方だ。

・・・・・・・

でも考えようによっては、最高に幸せな人生と言えるかも知れないな。


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2010年4月16日金曜日

♪Ein Prosit!

・・・・・・・っということで、Oktoberfestが日比谷で5月21日~5月30日に開催されるそうだ。

何でやろ?

Oktoberなら、10月やんけ。

よう分からん。

まあ分からんでも、飲む理由が付けばそれで良し。

花見酒の次のイベントを考えたんじゃろね。

本場ミュンヘンのビアホールでもそうだったのだが、

何故か、隣同士仲良くなっちゃうんですねあの雰囲気。

ボクシングのリングみたいなところで、楽団がブンチャカやると、何故か調子が出てしまう。

・・・・・・

むかし、アメリカ大使館の傍に本格的なドイツ式のビアホールがあって、楽団と歌手が付いていた。

その場が盛り上がると、全員が

♪Ein Prosit, Ein Prosit, der Gemutlichkeit♪

♪Ein Prosit, Ein Prosit, der Gemutlichkeit♪

・・・・・・っと、声をそろえてビールを飲み干していた。

場所柄、外国人のほうが多かった。

ぼくは酔っ払ってしまい、隣の知らない女性の口ににブチュゥ~~~っとキスをした。

相手も、嫌な顔せずに、そのコーラス毎に抱き合ってブッチュゥ~~~~~を繰り返した。

一緒に居た同僚に袖を引っ張られ、彼女はその気ありますぜといわれたが、

不甲斐なくも酔っ払ってしまい、そのまま帰ってしまった。

未だ結婚前の無鉄砲な頃のお話でした。

・・・・・・

あのビアホールはもうないんですけどね。

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2010年4月15日木曜日

緊急事態

・・・・・・・っということで、結局今週もフィットネスクラブに行かなかった。

今月プログラムが変更になってから、一度も平日に出ていない。

出られるのがエアロビクスとステップがある土日だけ。

もう、土日会員に変更したほうがいいんじゃない?

・・・・・

今日、木曜日はボディーパンプと、ボディーステップと、なんだったっけ?

そうそう、ヒップホップがあるので、試しに出てみようと、開始時間に間に合うまでに帰宅したのだけれど、

ヤッパリ、ビールに手が伸びてしまった。

・・・・・・

あ”ァ~~~ツマンネエ。

今月に入って、ついに体重が80kgに達してしまった。Y(>_<、)Y

生活パターンを、本気で変えなくては。(/_;)/~~


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桜の散るころ

・・・・・・・っということで、昔から気になっているある女性のブログ。

ときどき、思い出したように書く。

何ヶ月も書かないこともザラにある。

でも、気になる。

理由は分からないけれど。

今朝、久しぶり更新されていた。

3年前に亡くなった同級生のことが書いてある。

心を寄せていた男性だったそうだけれど、

彼とは何年も会っていなかったし、二人の距離は決して近くはなかった。

それなのに、時々想い出すというより、【心が空っぽ】になっている自分がいる。

【砂漠の中に独り取り残された自分。】

【何にもないところにひとりで立っている自分。】

と詩的な表現で続けている。

思わず、引き込まれる文章である。

・・・・・・

そして、これも気になる女性のブログ。

一年前の、ちょうどこの季節に亡くなってしまった友人のことを書いている。

この人も、余計な装飾のない、自分の気持ちをストレートに表現する文章である。

そんなピュアな文章だからこそ、気持ちが直接心に響いてくる。

・・・・・・

さらに、もう一人気になっている女性のブログ。

つい最近、会社に同期で入った男性が突然亡くなったことを書いている。

彼女の場合、ちょっと心の風邪を患っていて、一生懸命自分自身と戦っている。

亡くなったその男性も、彼女と同じ心の病気だったらしい。

・・・・・・

奇しくも、同じ日に、同じ死についてのテーマを、三人がブログに書いている。

本当は、各自に気の利いたコメントを書くべきだと感じたのだけれど、

どうしても書けないんです。

すくなくとも、ぼくの知らない、大切な誰かが、生きた証を、みんなの心に残したことだけは伝わってきました。




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2010年4月14日水曜日

下町の酒場

・・・・・・・っということで、平日はエアロビクスのクラスがなくなったので、運動せずに飲んでばかりいる。

昨夜も真っ直ぐ帰らず、若いモンと大衆酒場で飲んだ。

サラリーマンで満席だった。

それと、明るいうちから飲み続けているとおぼしきオッサンたち。

女性客はゼロだ。

バアサンと爺ッチャマが注文を取るので、オーダーするタイミングが難しい。

インターネットで調べ、以前から行ってみたいと思っていた、いわゆる下町の大衆酒場である。

若いモンが、こんな店でも飲むんですかぁ?・・・っと驚いていた。

もう少し小洒落た店で飲むイメージなんだそうだ。

ハッキリ言って、朝から飲める焼き鳥屋みたいな店は好きじゃない。

立ち飲みも好きじゃない。

いかにも下町で、昔から地元の呑み助たちから愛され、生活の一部になっているような居酒屋は好きだ。

そして値段が良心的であることが必須である。

二軒目に行った店は、インターネットでは評判だったが、値段がゼンゼン良心的ではなかった。



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2010年4月13日火曜日

何かは切り捨てて

・・・・・・・っということで、毎日新聞に「香山 リカ ココロの万華鏡」という連載エッセーがある。

今日の題名は【何かは切り捨てて】であった。

女性宇宙飛行士の山崎さんを例に出し、最近は女性の経済学者や音楽家、政治学者など、多芸多才なのに芸能人と見紛うばかりの美人が多い。

そして、彼女らは家庭を持って、ちゃんと子供を育てていたりする。

「それと比べて自分は」・・・・と、落ち込む女性が多いのだそうだ。

そんな患者を診て、香山嬢は:

【ひとつのことのために、別の何かは捨てる。人生は、そうやって悔しい思いをしながらも、いろいろなことを捨てたり削ったりしながらでないと進めない、と私は考えている。そして、それは負けでも恥ずかしいことでもなくて、潔く立派なことなのだ。】

と書いている。

そして、【全部は手に入らないし、手に入れる必要もないのだ。目の前のことがひとつかふたつで、もういぱい。それが人間というものだ】と結んでいる。

全くその通りだと思う。

確かに、沢山のものを手に入れたいとレベルアップする努力は大事だ。

でも、何かを捨てないと手に入らないことって普通にあるのだと気付くと、思いのほか気が楽になるものである。

2010年4月12日月曜日

最前列のお地蔵さん

・・・・・・・っということで、日曜のエアロビクスでは、【お地蔵さん】になってしまった。

久しぶりである。

悔しいぃー

最前列でお地蔵さんはクヤシイィ~~~~~

確かに、クラスのレベルが一段上がった。

だから出来なくなるのは当然・・・・・・・

・・・っと理屈を付けたくない。

だって、インストラクターは丁寧にレイヤリングをかけていったじゃないか。

「ただ270度だけ回転が加わっただけで、

足の運びは同じでしょ?」

・・・・そう説明されると、さらに悔しい。

頭が真っ白になっちゃったんですね。

直前まで出来ていた動きが完全に飛んでしまった。

皆と回転する方向が逆で、【ご対面(/_;)/~~】っとなってしまう。

確かに難しいフリだった。

でも、繰り返すうちに、大部分の人が出来るようになるんですね。

自分だけ取り残されてしまう。

そうすると、余計に出来ない自分がいる。

・・・・・・・

ヤッパリ、自分にはこのレベルは無理なのかナァ~~~↓

(´□`。)





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鳩ボンは災害?

・・・・・・・っということで、鳩山首相が米誌TIMEのインタビューで、

「米の言いなりにならない」と発言したらしい。

このニュースは、ちょっとショックだった。

一国の総理大臣がするような発言とは、とても信じがたいからである。 

日本国にまで広げなくとも、個人レベルでさえ「他人の言いなりになりたい」なんて誰だって思っていないと言えば、この発言の異常さは分かってくれると思う。

あまりにもストレートすぎて、逆に何か裏があるのかと勘ぐってしまうほどである。

そこで、TIMEの原文を読んでみた。

"It was always in response to what the U.S. had to say that Japan followed,"

"I believe we should say to each other what we need to say. The time has come for us to seek a more equal relationship."

全く恥ずかしい。

国対国の外交なのだから、対等がアタリマエである。

そうじゃなきゃ外交なんて出来ない。

腹の中で不平等と思っても、顔には絶対出さないのがルールである。

極端な例だが、北朝鮮の外交だって、堂々たるものだ。

あまりのお粗末さに、ある日本人の大学教授が:

"This is probably the lowest point [for U.S.-Japan relations] since the early 1990s,"

・・・・っとコメントしている位だ。

今まで築いてきた日米関係を一気に後戻りさせるような発言である。

さすがにTIMEも、あまりにも変だと思ったらしく、

"He's a very mysterious guy,"

なんて言って、奥さんが金星に連れ去られた件などを持ち出してオチョくっている。

イルカ漁を描いた「The Cove.」というアホな映画から、日本人の反米感情を読み解こうとまでしている。

全くばかげた話だ。

In contrast to Gates' testy visit, Japanese officials rolled out the red carpet in December in Tokyo for Chinese Vice President Xi Jinping,

訪日したゲーツ長官が、中国の首相と比べ、低い扱いをされたことを挙げ、

Hatoyama "is trying to move Japan closer to Asia to get more autonomy from the U.S.,"
(ちなみに、"autonomy"とは、自治権の意味です。)

・・・・っと、鳩山政権が米国を離れ、中国に接近しているとまで勘ぐられる始末である。

"Japan can't do it on its own."

と言われるまでもなく、米国抜きでは対中外交は成り立たないのである。

鳩ボンがこんなことを言うからには、腹の中にキチッとした戦略を持っていれば、それはそれでいい。

だが、彼の発言は、いつも軽すぎる。腹の中にはなぁ~~んにもないことはバレバレである。

例の「Trust me」とか、「腹案がある」とか・・・・。

最近ぼくは、鳩山は【災害】だと思っている。

彼を、日本の総理大臣に戴くことは、まさに日本にとって【災害】じゃないかと・・・。

一刻も早く、災害を【排除】すべきである。

・・・・・・

以上、かなり過激な意見だと思われるかも知れませんが、日本人の有権者は外交という視点が弱すぎると思うんです。

今の時代、日本の国益は外交と直結しているんです。

外交というと、ちょっと大げさですが、外国からどう見られているか位は、ピンと来て欲しいのです。

如何に今回の発言が異常だったかを・・・・・・・。

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良き質問者

・・・・・・・っということで、コミュニケーションが上手な人は、必ず良い聞き手であるといわれる。

人の話しを聞いて、相槌を打つだけでは、もちろん良い聞き手ではない。

ぼくが思うに、「良い聞き手は、良い質問者」であると。

学校で、「質問ある人ぉ~~?」・・・・・・・っと聞かれて、

「何質問して良いかわかりませぇ~~ン」

なんて答えること多いですよね。

良い質問をするためには、話の内容に興味がなくてはダメですよね。

そして、良く聞いていないと、イイ質問は出来ませんよね。

短くても、ツボを押さえた質問するには、結構頭使うんですね。

・・・・・・

話し変わって、外人相手に英語を話さなくちゃならないとき、

先ず困るのが、英語で質問すること。

学校で習った「疑問形」が如何に大事だったかを痛感させられます。

「エェ~~っと、Doesだっけ、Doだっけ?」

「be動詞だから、Areだっけ、Isだっけ?」

・・・・・・なんて困ったこと、経験者ならすぐわかりますよね?

スラスラ疑問形が出てこない。

学校でもっと疑問形にする練習しておけば良かったなんて。

コミュニケーションにおいて、疑問形がいかに大事か、考えてみるのもいいかもしれませんね。

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2010年4月10日土曜日

懲りないヤツ

・・・・・・・っということで、胃腸の具合が珍しく悪くなり、

キャべジンを買って飲んだところです。

朝は外せないエアロビクスとステップがあったので、無理して出たけれど、

昼からは死んでいました。

暗くなって、ようやく調子が出てきました。

今日は休肝日なんて思っていたら、やっぱり飲みたくなってきたぞぉ~~~(>_<)


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2010年4月9日金曜日

キルギス

・・・・・・・っということで、キルギスの暴動で、ドサクサに紛れて商店から略奪する光景が見られる。

これは、とてもイヤな現象である。

デモが暴徒化して、何で商店で略奪することに繋がるのだろう?

フランスでも、アメリカなどの先進国でもこういう行為が繰り返される。

災害の起きた、ハイチでもそうだ。

これに比べて、日本は全くそういう現象は起きない。

神戸地震の時に、商店を襲ったであろうか?

逆に、コンビニなどから被災者に援助が行われた。

これは、日本が世界に誇れる美徳である。

日本人って素敵だと思うことの一つである。

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2010年4月8日木曜日

完敗

・・・・・・・っということで、昨日のサッカーは日本の完敗に終わった。

相手は、「二軍レベル」だったそうだ。

昨日は、日本の選手には「ひたむきさ」を感じないと書いてしまったが、

ホントーは、そう見えないだけかもしれない。

日本人に限らず、何かを成し遂げるには「地道な努力」が不可欠である。

その地道な努力の積み重ねがあって、さらにプラス何かがある者が、

天才と言われるのであろう。

これは古今東西、変わらぬ真理であろう。

日本人は儒教の影響もあって、本質的に「地道な努力」が出来る民族であるはずである。

ところが最近、「地道な努力=かっこ悪い」という風潮が若い世代を覆っているのではないか?

本当は努力しているのに、それを見せないようにするのは美しい態度だ。

人間たるもの、そういう態度であるべきだ。

問題なのは、隠しすぎることだ。

あるいは、中途半端にしてしまうことだ。

陰で努力していることに自信を持つべきだ。

努力していることを放棄してまで、自分は天才であるように振舞うことはないじゃないか。

イチロー選手は、努力していることを自慢しているようにさえ見えるじゃないか。

・・・・・・ってなことを、昨日のサッカー日本代表選手たちを見て感じたのです。



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2010年4月7日水曜日

情報について

・・・・・・・っということで、情報について。

情報社会とか、情報革命とか、いま盛んに情報情報と騒がれている。

ドラッカーなんて、真にグローバル化したのは情報だけだと言っている。

だが、なんか変だ。

世界で認識されている情報と、日本のそれには、違いがあるような気がしてならない。

情報を英語では、

dataとか、newsとか、intelligenceという。

日本人が情報と認識しているのは

informationではないだろうか?

辞書を調べると分かるが、informationとは:

(表)の情報で、

(裏)の情報は【intelligence】である。

intelligenceには、情報以外に:

知能、知性、知力という意味もある。

よく耳にするCIAという組織の【I】はintelligenceの頭文字で、

諜報という意味である。

ぼくが思うに、海外で認識されている情報という意味は、

この【intelligence】の方ではないだろうか。

日本人が思っているinformationや、data、あるいはnewsでは、ピントがずれているのである。

だから、養老孟司なんかに「情報は発せられた時点で死んでいる」とか言われてしまうのである。

時代を解き明かす最重要キーワードである【情報】について、

こんな初歩的な誤解は早く正すべきであり、

そうしないと、日本は社会から取り残されてしまうのではないだろうか。




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2010年4月6日火曜日

義父の想い出

・・・・・・・っということで、カミサンの父親は小学校の校長だった。

亡くなってから、もう18年も経っているが、彼の書いた文章が出てきた。

「モコの想い出」という題名。

モコとは、カミサンの実家で飼っていた犬の名前である。

学校の随筆集か何かに載せるために書いたものであろう。

彼とモコ、モコと彼の孫、即ちぼくの長女の写真も付いている。

縦書きのワープロで、何てことない文章だ。

大正生まれの彼は、珍しく身長が180cmちょっとあった。

白髪の爺さんがぼくより背が高いのには、面食らった。

170cmのカミサンは彼の遺伝であることは間違いない。

彼は酒が一滴も飲めなかった。

だからという訳でもないが、最後までぼくは彼と腹を割った話が出来なかった。

癌で亡くなった。

最初、親指が腫れたので、大して気にもせず、医者にかかった。

それがどんどん膨れ上がり、切断しなきゃというまで大変なことになって入院した。

そのうち鼻の横に腫瘍が出来た。

小細胞癌?だったかな、進行の早いたちの悪い癌だった。

本人は最後まで、自分が癌だったことを知らなかった。

彼は、「極楽トンボ」というあだ名があるくらい、自分の好きなことをして生きた。

最後は、ラジコン模型飛行機に凝って、飛行機を組み立てては一人で多摩川に飛ばしに行っていた。

飄々とした感じで、人望があった。

ラジコン仲間で彼が会長に祭り上げられるのに、そんなに時間がかからなかった。

車の運転が好きで、カローラクラブの会長にも納まっていた。

色んなところで、すぐにまとめ役になってしまう。

そんなに、口数が多いわけでもなく、特にリーダーとしての指導力があるわけでもない。

ただ、人の嫌がることは絶対に言わなかった。

周りの人も、彼を上に据えておけば、誰からも文句は出ないだろうという、暗黙の了解があった。

不思議な人だった。

だけど、ぼくとは殆ど会話はなかった。

病院の彼を見舞いに行ったとき、

「本当に不思議な病気だ。原因がわからない。」と、彼が言った。

ぼくは、癌と知っていたので、なんとも説明が出来なかった。

すぐ顔に出てしまうタイプだから、余計つっけんどうな態度をとってしまった。

彼が亡くなったとき、若い看護婦が大泣きした。

・・・・・・

彼の書いた文章を読んで、なんでぼくは彼と心が通じ合わなかったんだろうと、改めて考えさせられた。



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2010年4月5日月曜日

フェニックスプラン

・・・・・・・っということで、引き出しの奥から5年前の企画書が出てきた。

我社の若手重役が書いた企画書である。

題名は【フェニックスプラン】。

彼がトップを勤める事業部の再生プランである。

アメリカの大学でMBAを取得し、向う仕込の経営手法を我社にも当てはめようと、意欲満々なのが文章から伝わってくる。

彼は血筋がいいこともあり、ぼくはこの企画書に対しては意見を言うことを差し控えていた。

ぼくが当時から言いたかったことは、非常に単純なことである。

【フェニックスプラン】という表題である。

ご存知だと思うが、フェニックスという伝説の不死鳥がいて、

自ら身を火に投じ焼き尽くし、その灰から再生するというアレである。

それを繰り返すことによって、永遠に生き永らえるという伝説である。

(ギリシャ神話かと思ったが、東地中海地方に伝わる民話が元らしい。)

ぼくはこのストーリーの「肝(キモ)」は、一度その身を焼き尽くすと言う点である。

要するに、焼き尽くして灰にならなければ、再生できないということである。

件の若手重役は、その点を理解していないんじゃないかと、そのとき感じていた。

彼の事業部は市場環境の激変で、とてもヤバイ状態になることが予想されていた。

どうみても、彼が自らの部を焼き尽くそうという覚悟があるように見えなかった。

今までの「型」を変えるところまで踏み込む意気込みが感じられなかったのである。

その「型」とは、成功の型である。

一度その型で成功してしまうと、なかなかその型を見直すとか、

はたまた、完全に壊してしまうとうことは、頭では分かっていても出来ないものである。

歴史では、自らの成功した、まさにその成功した理由が原因で、

衰退してしまうということがしょっちゅう起きている。

・・・・・・

彼が【フェニックスプラン】という表題を付けた時に、そんな覚悟が感じられなかった。

案の定、5年後の今、彼の部は衰退の道をまっしぐらに辿っている。




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2010年4月4日日曜日

プチサバイバルエアロ

・・・・・・・っということで、久しぶりに燃焼した。

今月からI嬢のエアロビクスがテクニカルエアロに格上げされた。

もともと彼女は規定のレベルより上のレベルをやるクセがある。

今日のは小手調べだったが、ムツカシイ。

中上級というより、上級に限りなく近い。

もうぼくのレベルを超えている。

さすがの「名人」も、だいぶ置き去りにされていた。

でも、いつの間にか、上手い会員が集まってくるんですネェ~。

普段見かけない女性が、前列付近を占領している。

上手い。

すぐにコツを掴んでしまう。

今日は、12人の参加だったが、来週はいままでの常連はグッと減って、

何処からともなく上手い会員達が集まって来るんだろーナァ~~

はたして、ぼくは生存できるのダローか?

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意識の底上げ

・・・・・・・っということで、大国であることはかなり有利だ。

アメリカ然り、中国然り、ロシア然り・・・・・・。

そのうちに、インドが加わるだろう。

大国であることは、国土が広いこと。

国土が広いということは人口が多いということ

国土が広ければ、農作物を始め、資源も多いことに繋がる。

人口が多いということは、人的資源と考えれば国力に繋がる。

こういう考えは素直であり、誰だって思いつく大国として有利な点だ。

そういう意味で、小さな国が集まり一つの擬似国家(共同体)を作って大国のメリットを出そうという考えは理にかなっている。

例えばEUのように。

日本だって、アジアを一つにまとめれば、大国のメリットを甘受できるはずである。

以上は、小学生だって思いつく考え方だ。

だが、これは如何にも単純すぎる思考回路だ。

大国だからこそのデメリットがあるのも当然だ。

アメリカの弱点。

そして中国の弱点。

それは、大国であるがための固有の弱点である筈だ。

日本は小国とはいえないけれど、大国じゃあない。

外交の場で、日本ならではの有利性が何かを、本気で考えれば沢山持っているはずである。

相手の弱点をよく分析して、日本の「国益」になる外交術を真剣に展開すべきじゃないかな。

国民も政府に頼りきるのではなく、「民意」として、国の国益とは何かををもう少し勉強すべきじゃないかな。

なにかエラソーに書いてしまったが、「国際社会の中の日本とは」という観点を、

フツーに日本人が持てる教育って、いままでスゴク貧弱だったんじゃあないかナァ?


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2010年4月3日土曜日

アル中道まっしぐら

・・・・・・・っということで、昨日は飲みすぎた。

いくらなんでも、昼の1時半から夜の1時半まで、ずっと飲むのはマズイだろう。

まあ、途中、電車に乗ったり、風呂に入ったりはしたけれど。

最後はワケ分からなくなってしまった。

・・・・・・・・・・反省。m(_ _ )m

もう、自己嫌悪。

それより、体を壊してしまうぞ、こんな飲みかたしていたら。

。(´д`lll)