2009年6月10日水曜日

父性について

・・・・・・っということで、ある女性のブログを欠かさず読んでいる。

その子は、ペタの機能を停止しているので、私が読んでいることさえも知らないだろう。

いつ、なんでそのブログに行き当たったのか、まったく覚えていない。

なぜか気になるのである。

その理由は、彼女が深刻な悩みを持っていて、自分の悩みを正直に書いているからだろう。

ご覧の通り、私のブログはヒネている。

ウソは書かない主義だが、かなり脚色している。

それとは反対に、彼女の書く内容は、全然ひねっていない、ストレート球ばかりだ。

悩みというのは、心に関する問題である。

なかなか難しい問題だが、読んでいくうちにどうもその原因が家庭にあり、それも父親が大きな要因を占めている
らしいことが分かってくる。

その女性も、ちょうど私の娘と同じくらいの歳なので、ついつい父親としての自分と重ね合わせて考えてしまう。

正直に悩みを打ち明けて書いているといっても、洗いざらい書くようなことはしていない。

その辺の節度はきちんと保たれている。

それでも、ひどく気持ちが落ち込んでいるときなどは、心の叫びが伝わってくる。

そういう時期は、私も気が気ではなくなる。

知らず知らずのうちに、その子と心がシンクロしてしまっている。

そんなときは、何かアドバイスしなければという気持ちになってしまう。

いままでに、何度途中まで書いてそのまま送らずにしてしまったことだろう。

確かに、私は父親と同じ位の歳だが、実際のことは何一つ知らないに等しい。

例えば、家庭内暴力。

そんなことがあることを知識として持っているが、そんなことをする親など想像も出来ない。

娘を愛していない父親などもそうである。

まったく信じられない。

ましてや、心の問題である。

いくら興味を持っているといっても、浅い知識でめったなことは書けない。

アドバイスのつもりでも、まったく的外れで、逆に心を傷つけてしまう恐れも十分にある。

だからといって、当たり障りのことを書いても意味がない。



どんな父親でも、赤ん坊のときにオムツを替えたことの無い父親なんていない。

懐に抱っこして、泣き止むまで廊下を何度も往復したはずだ。

だからこそ、その子が大人になった今でも、父親に抱きしめて欲しいときはそう言うべきだと思う。

どんな娘でも、父親に愛してもらう権利を持っている。

父親と対決して、その権利を主張すべきだ。

・・・・・・っと、

彼女に言いたいのはこのことなのだが・・・・・・









end.

0 件のコメント:

にほんブログ村 健康ブログ フィットネスへ