2009年8月17日月曜日

変な話(最終回)

・・・・・・っということで、このブログもザット数えて1,600回ほど記事を書いている。

(これは続きですので、この前のを読んでからにしてくださいネ。)

こう言うのもナンだけれど、けっこう誠実に書いている。

誰に対してかというと、自分に対して誠実に書いている。

・・・・・・

自分が死んだ後、何が残るのだろう。

何を残せるのだろう。

何かが残っていると信じたい。

死んだ後の物理的な遺産についての話しではない。

社会に対して、何らかの功績を残すことなんて、大それたことは考えていない。

少なくとも、自分の子供たちに、自分の子孫に何かを残すことは出来ないだろうか。

難しく考えることはない。

自分が生きた証(あかし)なら、誰でも残せる。

たいした人生じゃなかったけれど、

ある局面でどんなことを考え、

どんな印象を持ち、

どんなことに悩んでいたか。

そういう記録なら、残せると思う。

そんなこと残されても、興味もないし、迷惑だという反論はあると思う。

でも、私自身ならば、興味がある。

物凄ォ~く興味がある。

自分の父親が、

自分の母親が、

お祖父ちゃんが、

曽祖父が、

どんなことを考えて生活していたか、とても知りたい。

それは、自分のルーツを確かめるという行為であるから。

・・・・・・

エ~ット、ちょっと引っ張りすぎでしたが、

ブログはそういう使い方されるべきじゃないかと思うんです。

ブログの歴史なんて、まだ7年程度なんですね。

死ぬまで続けられるかどうか分からないけど、あと十数年はブログに残せる。

若い人だと、何十年分のブログを残せるわけです。

そこまで、ブログの人気が続いているかは分からないけれど。

もし、50年後に私のひ孫が、ひいジイチャンってどんな人だったんだろうと興味を持って、

ブログにアクセス出来たと想像するのはとても楽しいんじゃないですか?

「いい歳こいて、バカだよねー」っと笑う姿が目に浮かぶ。

写真を見ることだって出来る。

・・・・・・

Googleさん、そこんとこ考えてくれませんかね。

いったいいつまでor何年分、ブログをサーバーに残してくれるんだろう?

いつかは消去しなければならないなら、依頼によってDVDに焼くサービスをしてくれないかな?

あるいは、世のなかにはそういうことが出来るソフトが、既にk存在しているのかも知れないけど。

こういう風に思っている人って、案外多いんじゃないかな?




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