2009年8月3日月曜日

心の中の器(うつわ)

・・・・・・っということで、私はほとんど何でも食べるが、サーモンの刺身だけはパスする。

アメリカで生活していたとき、しょっちゅう寿司屋に行っていたのだが、必ずサーモンの刺身が付いた。

一番安くて、手に入りやすい素材だから仕方ないが。

嫌いじゃなかったのだが、もう人生で食べる量をオーバーしてしまった。

人間というものは、自分の中に色々な大きさの器があって、

それぞれに容量が決められていて、

それを超えると溢れてしまうんじゃないかなと思う。

たまたま、私のサーモンという器の許容量が一杯になってしまったと考えるワケ。

さて、愛についてもそうなんじゃないかな?

・・・・・・また、藪から棒ですが。

大人になるまでに、心の中には色々な愛の器があって、子供のうちにそれぞれが満たされていく。

一番大きいのは、「母の愛」の器。

それよりはずっと小さいけれど、「父の愛」の器っていうのもある。

他にもいろんな大きさの器があって、

それは「友達の愛」だとか、「近所の人たちの愛」とか・・・。

その器が、バランスよく満たされて成長すると、心のバランスも取れた人間になるのだと思う。

しかし、世の中にはその「愛の器」の一つが極端に、満たされずに大人になる人もいる。

私が言いたいのは、「父の愛」の器である。

私の娘達が小さいときは、もう溺愛して育てた。

だから、いま私が娘達から冷たくあしらわれているのは、

十分に彼女達の「父の愛」の器は満たされている状態だと考える。

無理にでも、そう考えることにする。

・・・・・・

さて、色んなブログを読んでいると、「父の愛」が足りなかったことが原因で、

悩んでいる多くの女性達がいることを知った。

そういう人たちは、父親の愛が多少ではなくて、極端に少ないことを知って愕然とする。

そのために心のバランスを崩してしまったのだ。

でも、色んな理由で父親がいない状態で育った人は、世の中にたくさんいる。

そういう人たちが必ず心のバランスを崩し、悩んでいるとは限らないというのも事実である。

・・・・・・

この心の「愛の器」は、大人になってからあとでも満たすことが出来るのであろうか。

いくつかの器は出来るかもしれないが、「父親の愛」の器は出来ないような気がする。

人は無意識に、足りない愛の器を満たそうと努力するものなんです。

例えば、恋人に、他の男性に、そして夫にそれを求めるのです。

でも、その父の器を満たすことが出来るのは、父親しかいないのです。

キツイ言い方かも知れませんが、バランスを崩したまま生きるしかないのです。

もう大人なのですから。

そういう希望は、キッパリ諦めるしかないのです。

マグロの刺身を食べたい人は、サーモンの刺身で代用はできないのです。

・・・・・・

そうは言っても、そういう悩みを抱えた人たちのブログを読んでいると辛い。

行間から、助けを求める声が聞こえる。

「私には愛が必要だ」と。

そして、いろいろな人がアドバイスをする。

励ましのコメントを書く。

私も、もちろん書く。

今もこうやって書いている。

でも、もし、私が今述べたことを理解してくれるなら、次にすることは気付くはずだ。

いや、気付いて欲しい。

それは、愛を与える側に回るのです。

変な言い方かも知れませんが、犬に愛を与えるように。

犬に愛を与えられるなら、人間にだって与えられるはずです。

与える側の愛には、容器はない。

こちらは、足りなくなることはない。

・・・・・・

両親が早く離婚してしまって、母親だけに育てられた女性を知っています。

とても素敵な女性です。

こんな話しをしたこともないし、するつもりもないけど、

その人は多分、私の言うことをとても理解してくれると思います。

タブン。





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