2009年4月10日金曜日

出張報告

・・・・・・っということで、今回の出張で感じたこと。

「日本はいい国だなァ~」・・・・・・ってこと。

何を今更といわれるかも知れないが、久しぶりに中近東のチグハグな現状を見て、強く自覚したというわけです。

アラブ社会は、何かを発信しようともがいている気がした。

以前は西洋文明をはるかに凌ぐ、科学、美術、文化を持っていたのはご存知のとおり。

しばらく、キリスト教社会と互角の戦いを繰り広げてきたが、今ではかなりの差をつけられてしまったことは、彼等も認めざるを得ないだろう。

さらに、過激なイスラム原理主義者たちのおかげで、アラブ=テロリストという図式が世界中に刷り込まれてしまった。

とても不幸なことである。

彼等が過激な行動に走るのも、根底にこのアラブ社会が取り残されたという焦りがあると思う。

彼等が彼等の独自性を発信しようと思うと、原油収入による「マネーパワー」に頼る以外、ないように思える。

これも、とても不幸なことだ。

マネーパワーを使うといっても、今回の国のように人々を驚かせるような、奇抜な建物を短期間で造る方向に行ってしまうと、逆にますます軽蔑される結果となってしまう。

アラブ社会はいまとても悲しいと書いたのは、こういうことである。

彼等が何かを発信しようとしても、発信するものが不明確な上、手段がないのだ。

もう一つ目が向いたのは、建設ラッシュに引かれて、色々な国から出稼ぎに来た人たちである。

彼等も、悲しい。

相当悲しい。

自国では生きることさえままならない。

何かを発信するどころの話しではない。

そりゃ、誰だって自分の国で仕事をしたいだろう。

今回会った人たち(タクシードライバーや、ホテルのボーイだけど)、この国に住み続けたいという人は皆無だった。

お金に引き付けられてきただけだからだ。

それでも、劣悪な環境の中で何年も耐え忍ぶのである。

・・・・・・っと、ここまで書いて、日本との比較である。

最初に、「日本はいい国だなァ~」と感じた理由が分かってもらえると思う。

さて、じゃあ、日本は何を発信しているのだろう?

実は、発信できる国は世界に少ないのです。

発信というと、凄く漠然とした言い方だとは分かっています。

でも、発信の内容を今細かく書くことは、あえて避けます。

皆さんに、日本は発信していると言っても、ピンとこないでしょう。

すっごく漠然とした言い方ですが、私の考えはこうです。

一言で言えば、日本人らしさ。

日本じゃなければ出来ない何か。

文明といっても良いし、文化といっても良いし、芸術といっても良いし、感性といっても良い。

この世界から日本が消えてしまったら、もう誰もそれに変わるものを発信できない何か。

・・・・・・

なァ~んとなく、分かってきました?

それでも、皆さんはいったい日本はどうやって、その何かを発信しているか分からないんじゃないでしょうか。

じつは、物凄く発信しているのです。

日本人は、残念ながら口で話すことは上手じゃない。

だが、その造ったものは、物凄く発信している。

しかも、饒舌に。

例えば自動車、例えば電気製品、例えば食べ物、最近はアニメですかね?

同じものは出来ない。

日本で作られたものからは、必ず日本らしさが感じ取られているのです。

世界中の人たちに。

確かに、今回の旅行で会った殆どの人たちが英語を流暢に話すのに、日本人はいかにも下手くそだ。

これはとても皮肉なことですね。

日本は物凄く発信するものを持っているけれど、口で表現することが上手くない。

・・・・・・っということで、これから日本は製品だけではなく、人を創ることが大事でしょうね。

流暢に英語を話せなくて良いのです。

江戸時代の人も、明治の人も、今の日本人より英語が出来る人ははるかに少なかった。

にもかかわらず、あれだけのことを出来た上に、尊敬を勝ち得ていたのです。人間として。

でも、表現のツールとして英語は不可欠でしょう。

ちょっと長くなったので、まとめます。

日本人は世界に発信する何かを持っている。

でも、それを案外知らない。

その何かを自覚し、磨くことが大事でしょう。

そして最後に、英語力。

これが出来るようになると、次の100年の日本はすばらしい国になることは間違いありません。

残念ながら、私のジェネレーションではもう無理なんですよね。

次のジェネレーションがしなければならないことは、ものすごく明確だと思いませんか?

・・・・・・

以上、会社への報告より、よほど気合を入れて書きました。

(;^ω^A

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