2009年5月14日木曜日

モラル考

・・・・・・いうことで、モラルの低下について。

そもそもモラルってなんだろう?
【morality】道徳(性)、品行、徳行、徳性、倫理性、公序良俗
これを考えていったら、倫理学だとか、道徳心理学などに行き当たり、とても私の手に負えるテーマとはならない。

ただ、何となくモラルという普遍性を人間は持っているとの認識はあるでしょう。
じゃあ、その普遍性はというと、線引きが難しい。
各自が持っている多様性の問題が出てくるから。

でも、「最近はモラルが低下しているんじゃないかい?」という言葉がつい口をついて出てくるくらい、私等のような「まともな」人間は共通認識として持っているんじゃないでしょうか?
モラルの低下現象は、年齢を問わない。
いい歳をした「分別」があってしかるべき人間でさえも、この現象を受けていることは説明の余地がないでしょう。

独断と偏見と認識しつつ、思いつくまま。

・・・・・・

人間というものは弱いもので、人が見ていないときとか、悪いとは分かっていても、このくらいなら許されていいんじゃないかと、妥協してしまう生き物でしょう。
何に妥協するかというと、自分の心の中にある善悪の基準線ですね。
その基準線が高い人もいるし、低い人もいる。
この高低についての議論はパス。

・・・・・・

なぜモラルが低下するかというと、明確な罰則がないから。
罰則がないものだから、自分の中の善悪の基準線をどんどん下げてくる。
これは一見まともそうな意見だが、じゃあ、罰則を強化すればいいじゃないかということになる。
いろんな所で歩きタバコ禁止区域を設けて罰金を徴収しているけど、これでその人のモラルが上がるとは考えられないでしょう?
罰則を強化しても、モラルそのものは改善されないのです。

・・・・・・

やはり、罰則とは違う、「世間体」という概念が低下しているのです。
例えば、シルバーシートで、大また開きで座っている若造。
彼らは、マナーを無視していることを十分自覚している。
でも、同時に注意されないことも知っているのです。
注意する側とすれば、「あなたの行為は世間体が悪いですよ」ということを根拠にしなければならない。
だが、世間体とはまったく不確実で怪しい根拠なのです。
これを盾に、若造と論議しても、勝ち目があるとは思えませんよね。
どうしても、若造を論破できるような強烈な根拠にならない。
無理に論破しようとすると、喧嘩に発展してしまう。

注意する方も、分かっているのです。
注意しても、勝ち目がないどころか、怪我を負いかねない。
じゃあ、注意しない方がいいや。
この辺を、お互い了解しているのです。

・・・・・・

でも、何とかしたい。
モラルを何とかしなければ、日本の未来が危うい。

(つづく)

(つづかないかも・・・・・・)

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