・・・・・・・っということで、あまり実感がないねー。
世の中がみんな、存在感のない物になっていく。
存在感がなくなった代わりに、観念的な世の中になっていっていると思わないですか?
例えば、通勤で過ぎ行く世界。
本当に存在して、目で見えて触れるのに、そんなものだと頭で考えて、
目で見ているのに、本当は目で見ていないんじゃないかとフト考えたのです。
毎日通る商店街。
ある日、店がなくなって取り壊されている。
アレ、ここにあった店は何だっけ?
・・・って、経験することありませんか?
例えば、通勤電車の中。
通勤電車ってこんなものだと、観念的に捉えていませんか?
たまーに、大声で叫ぶ気が触れた乗客に出くわすと、
危ねーな、電車の中で寝てなんかいられないぞと一瞬現実に引き戻される。
それが、会社であれ、家庭であれ、レジャーであれ、
全部が「こんなものだ」と頭の中で作り上げていませんか?
・・・・・・
世の中ものすごいスピードで変わっていく。
特に東京に住んでいると、変化するのが当たり前の世界なのです。
そういう風にめまぐるしく変わる世界は、現実を軽視しがちになるんじゃないですか?
ようするに、今現在の実存を意味のないものとみなし、「どーせ変わるんだから」と大切にしない。
じゃあ、現実とは何か。
それを自身に問うと、急にあやふやになってしまう。
昔はもっと現実とは存在感のある世界だった。
ぼくが言う昔とは、ぼくが子供の頃の世界になっちゃうんですがね。
少なくとも、自然の存在は大きかった。
手で触れ、肌で感じることが出来た。
人間だって、もっと身近な存在だった。
だが今はどうだろう?
観念的、あるいは概念的に存在していると頭で認識したまま、
実際に触れることは殆どしない。
そこにあると認識するのは、触覚とか皮膚感覚で確かめるのが一番でしょう?
ところが、いまはそういう感覚を使って物を認識する機会が殆ど失われているんじゃないだろうか。
・・・・・・
ここまで考えると、今は触れ合が極端に少ない世界なんですね。
そして、どんどんバーチャルになっている。
目で見ているのに、目では見ていない。
そうなんです、子供や若者達なんです。
こんな年寄りでも、世の中をそんな風に捉えてしまっているのだから、
今の若い世代はどうなっちゃっているんだろうと。
携帯、メール、TV、パソコン、ゲーム・・・・・・
全てがバーチャルの世界で、実際に触覚を使わない世界に囲まれているでしょう?
変な話、最近の若者はオタク文化といわれるような世界で、恋愛もどき、セックスもどきをしているじゃないですか。
こりゃあ、ヤバイぜよ。
どげーにかせんと、アカンぜよ。
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