2010年4月19日月曜日

心の中のイラク

・・・・・・・っということで、脳ミソがホルマリン漬けのように、

アルコールの中にプカプカ浮いているようです。

でも、今日は1.633リットルのビールで止めておきました。

・・・・っで、海外に限らず、むかし旅行したところって、何年か経つと、また訪問したくなるものですよね。

ましてや、20代の半ばに2年間も過ごした所って・・・・、

いくら辛い思い出があろうとも、時の経過とともに懐かしい思い出に変化している筈ですよね。

でもね、もう二度と行きたくない所があるんです。

それは、イラクのバスラなんです。

あの2年間は屈辱的な経験だった。

バスラを去るときに、

「たぶん、何十年たっても、【懐かしくなって】再訪したくなることは絶対にないよな」

・・・・っと思ったのですから。

そして、あれから33年が経過したけれど、

あの時の予想は間違っていなかった。

・・・・・・・

こう書くと、いったい何がそんなにイヤだったかと思われるでしょうね。

確かに、摂氏50度を軽く超える気候とか、

毛穴に入り込む砂とか、

ビールもロクに買えないとか、

トイレが詰まるとか、

ドロボーがアタリマエとか、

平気で人の信頼を裏切るとか、

・・・・・・・

そんなことがイヤだったんじゃないんです。

逆に、そういったことは想定内なんです。

じゃあ何が?

やっぱり人なんです。

正確に言うと、一般人としてのイラク人は愛すべき人達なんです。

最低なのが、権力を持ったイラク人なのです。

どうして彼等は、ああもダメになるのでしょうか?

ひとたび権力を持つと、

横柄になり、権力をカサに着、賄賂を要求し、融通が利かなくなり、

意地悪になり、尊大になり、利己的になり、

なんで我々のような外人に対してだけでなく、

同国人に対してさえも、ああも侮辱的な態度を取れるのでしょう?

日本人の感性とは対極にあるようなヤツラに、何人もぼくは会ってきたのです。

・・・・・・

イラクは今、出口の見えないどん底のような時代の真っ只中にいます。

でも、そのような国にしてしまった責任は、当時から問題があった権力者達に原因があるのです。

ぼくはイラクに平和が訪れ、皆が幸せな生活が送れる国になって欲しいと心から望んでいます。

でも、ぼくが生きている間は絶対に無理だと思います。

それは、彼等自身が気付いて変化しなければならないからです。

気の毒だとは思いますが、

それはかなり絶望的な期待でしょう。

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