2012年7月31日火曜日

柔道は道でありJuDOはスポーツである(その3)

・・・・・・・っということで、このテーマで3回も書く(書かされる?)とは思わなかった。








ブログは論文でも、説明文でもなく、自分が感じたことを自分の言葉で書くのが基本ですよね。







極論、自分さえ分かればいい。







でも、読者を意識した日記だから、ある程度判りやすく書くサービス精神があってもいい。







だが、端から分かろうとしない人には、懇切丁寧に書く義務はない。







・・・っと思っているんですが、まあオリンピックシーズンなので、蛇足として書きます。







・・・・・・・







日本人が柔道に対する思い入れはちょっと異常じゃないんじゃないかと言いたいのです。







日本のお家芸⇒国技⇒勝ってアタリマエ⇒金以外はメダルじゃない







こういう刷り込みが堂々とまかり通っている。







ぼくに言わせれば、いまの(オリンピックでなされている)柔道は、









「限りなくレスリングに近い」









なんです。









もう日本のお家芸じゃないんです。









そこんところを勘違いしている。









既に書いたように、ルールだって日本人に有利な条件はことごとく消されているのです。









逆に日本選手が一本に拘るがために、外国人有利になってしまっているんです。









本来柔道はもっとスッキリ勝つように出来ていた競技のはずなんです。









だけれども、組み手争いばかりになってしまい、判定が付きにくくなってしまった。









だから、今回も含め審判の判定が怪しくなってしまったのです。









・・・・・・









そんななかで、柔道はお家芸だから勝って当然なんていう言葉が、選手にプラスに働くとはゼンゼン思えない。









じゃあ、レスリングの選手にも、金以外取るなと言うのと同じじゃないですか?









柔道は、もう普通の競技になってしまったのです。









世界中のどこの国の選手でも勝つチャンスのある競技なんです。









それなのに、金以外はメダルじゃないなんて言ったら、銀や銅を取った選手に失礼でしょう。









世界を相手に試合をすることになった時点で、柔道は日本人だけの持ち物じゃなくなったんです。









・・・・・・









柔道に日本中が熱くなるのはとてもいいことです。









だけれども、そのヒートアップぶりに何かへんだなぁ~~っていう違和感を持つのはぼくだけじゃないと思います。









ぼくなんか、さらに進んで、太平洋戦争時代の日本との共通点さえ見えてきてしまうのです。









日本は神国、大和魂があれば、米英恐るに足らず。









精神力では負けない。









なんてね。









・・・オワリ。











































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