2012年12月16日日曜日

会員であることの意味(その3)

・・・・・・っということで、まず会員とは何かと考えてみる。

ぼくらは今まで色々な集団に属してきた。

幼稚園から大学という教育集団。

その途中、運動クラブや同好会にも属したことだろう。

そして、会社という集団に入る。

そこには必ずリーダーという存在があった。

だが、同じ集団でも(クラブの)会員にはリーダーがいない。

且つ、集団を結びつけるものは同好の志であるという一点で、ものすごく緩い集団である。

そのため、クラブの構成員はかなり多彩である。

・・・・・・・

多彩な人々が集まってはいるが、クラブにおいてはまとめるリーダーは不必要だ。

このように、リーダー不在の集団とリーダーのいる集団では日本人の振る舞いが豹変するのではないか?

・・・というのがぼくの仮説である。

集団内における日本人の行動は、極めて従順であることはよく知られている。

それは自主性の不足と捉えてもいいかも知れない。

過去の戦争で示された日本兵の従順さは、世界の兵士と比べると異様でさえある。

ところが、ひとたび緩い集団になると、統制の取れない、品のない集団になりさがるのではないか。

太平洋戦争末期、捕虜収容所において日本兵の集団を支配したのは将校でも下士官でもなく、ヤクザまがいの連中であった。

これは、リーダーの資質云々より、リーダーが象徴する権威に従順だっただけという証拠ではなかったのか。

(クラブの)会員にも、同じことが言えないだろうか。

要するに、日本人は権威に裏付けされたリーダーによる集団に慣れすぎていて、クラブのような自由な集団においては、極めて不器用にしか振舞えないのではないだろうか。

・・・続く。



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