2009年5月26日火曜日

モラル考(その4)

・・・・・・っということで、モラル考の4回目。

今回がタブン最後だと思います。

なにせ、ホテルに缶詰でヒマなもので・・・・・・。

日本人のモラルが低下してきましたねー。

フィットネスクラブでのマナーの悪さは、その縮図といっていい。

じゃあ、昔の日本は何にモラルの基準を置いていたのでしょう?

前回(?)は「世間体」というものを持ち出しました。

今回は、その「世間体」というものを掘り下げて考えてみましょう。

世間体というのは、非常にあいまいな基準ですよね。

要するに、「みっともない」ということでしょう。

何に対して「みっともない」かというと、一般人が行う行為に比べてでしょう。

一般人とは何か。

他人ですね。

日本は他人と変わった行為に対して、「目が厳しい」社会じゃないでしょうか。

外国ではその基準は、あまり厳しくない。タブン。

この目が厳しい社会だからこそ、「独創的」なことも「迷惑行為」も押さえられてきた。

でも、他人の目というだけでは足りない。

人が見ていなければ、みっともないことも出来るということになるから。

そこで、持ち出されたのが、「お天道様が見ている」という概念でしょう。

人間には、そもそも道徳があるという前提です。

世間体も、お天道様も基準が非常にあいまいですよね。

第一、明文化されていない。

でも、日本という国は、こんなあいまいな基準で、ずっと高いモラルが保たれてきた。

世界に比べても、とても高いモラルをです。

この理由を調べたら、面白い学問になるでしょうが、そこへは踏み込めません。

基準があいまいだからこそ高いモラルが保たれたのに、あいまいであるために崩れだしたら止める手立てがないという弱点が曝け出されます。

今の日本がそうでしょう?

モラルに反した行為に対しても、コレコレこういう基準に反しているからダメですよと言えない。

近頃の若いモンに向かって「お天道様が見ているでしょ!!」と言ったら、鼻でせせら笑われるだけでしょう。

・・・・・・っと、長々書いてきましたが、お気付きのように、「宗教」のことを言いたいのです。

世界の多くは、聖書のここに書いてあるから、コーランのここに書いているから、あなたのやっていることはモラルに反するのですと、多くのケースで言えるのです。

日本には儒教があるでしょう?との反論があるかも知れません。

私も、日本はかなり「儒教的な」国家だと思います。

でも、儒教は宗教ですか?

「子曰く」と道徳的な言葉で溢れていますが、孔子は神じゃない。

神に比べたら、モラルを律するパワーはずっと弱い。

キリスト教も、ユダヤ教も、回教も、神の言うことには逆らえないんです。

すっごく、語弊のあることを書きますが、中国は儒教発祥の国だけど、中国人のモラルは良いとはいえませんよね。

これは否定されないと思いますが、大部分の日本人は「無神論者」ですよね。

その言い方が良くなければ、「稀にみる多神論者」ともいえますね。

日本人のモラルの低下を諭すのに、神を持ち出せない。

ここに、弱点があるのです。

アメリカ人がいくらヤクザな国民だとしても、最後は神という切り札を使える。

カードのエースみたいなものですね。



さて、私は日本人のモラルが今後どうなるかについて、非常に悲観的に考えています。

一度下がったモラルを上げることは、切り札なしには至難の業だと思うからです。

前回も書いたように、モラルを教える社会の縮図である「家庭」が、核家族から大家族に回帰するとは思えないからです。

逆に、モンスターペアレントといわれる「悪貨」は物凄い勢いで、「良貨」を駆逐していくでしょう。

モラルは低下するところまで低下する。

じゃあ、どこで止まるのか?

それは、世界の目に頼るしかないでしょうね。

日本人の目ではモラルの低下を止める力がなくなったとしたら、それは外国頼りになるでしょうね。

アメリカから、「そりゃみっともない」と言われるのに、とても日本人は弱いと思うからです。

なんか、情けない結論になってしまいましたね。

我ながら、ホントーに情けない結論だと思います。





end.

2 件のコメント:

  1. 私もエアロビにハマってるおやじです。

    エアロビやスポーツクラブ利用の事象で、FirstLight さんのブログ
    を読ませていただいて、まったく同意見。

    まるで自分自身の主張を読み返しているような・・・。

    もし、同じスポーツクラブに通っていたならば、
    同じ匂い(臭い)がするので、お互い認識しても、
    挨拶もしない間柄になると思われます。
     そういうわけで読ませていただいて大変面白いです。

    ”モラル”ってほんと難しいですね。

    考えますと、エアロビクスはバブル全盛の20年前はレオタードの
    お姉ちゃんがなまめかしい肢体を動かして・・のようなイメージが。

    その頃エアロビにハマっているおやじが存在したならば・・。
    モラルとして・・・、社会制裁を浴びせられる破目に・・。
     「そりゃみっともない」
    もちろんその頃のエアロビと現在のエアロビとは異なるのですが。

    20年後の現在、その状態の我々がモラルを当然のごとく主張できる。

    モラルの変化があまりにも早すぎるし、
    それに対応する我々(人間)の変わり身の早さ・・。


    繰り返しますが”私はエアロビクスにハマってるおやじです。”
    ふと、”おいらは後何年、体を鍛え続けるのだろうか?”と思うこの頃です。

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  2. 宇田賀さん
    変な言い方ですが、「まともな」コメントいただきありがとうございます。
    かなり正面から受け止めてくれてウレシイです。
    今後もお互い、体力と気力が続く限りエアロビクスに励みましょう。

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